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運慶に学ぶ(嘘)

先日の日記でも僕は変な拘りがあるのか花を塗るのが遅い── と書きましたが、改めて作業中に自分の塗り方についてまじまじと考え直してみるに… どうも僕の塗り方は少し普通の(って僕が異常な訳ではないですが! 苦笑)方と違う為に遅いのではなかろうか? という結論に行き着きました。

ちょうど作業してた絵の製作過程の画像がありますので、それを参照しながらどう違うのかを具体的な例を挙げながら説明して行きますと──
通常、まず一旦ざっくりとパーツをこの様に任意の色で塗り、このパーツはこの色、って感じで選択範囲という物を取ります(説明を分かり易くする為に便宜上、この状態を①と呼ぶ事にします)。
20140902a.jpg

この選択範囲を取っとくと、後で適当にゴチャゴチャ塗り込む際も他に色がはみ出ないし、後々突発的に色を変えたくなったとしても対応出来たりする、実に創り手の気まぐれに優しい機能です◎
この①に普通の絵師様方は様々なアプローチの仕方で色を重ねて行く訳ですが、でもその大半は直接色を塗り、変化を加える工程で作られる、当に着色作業に当たる訳ですが…

僕の場合はまず①のコピーを作り紫で塗り潰し、それをひたすら消しゴムで消して影に該当する部分を削り出して行き、その二つを重ねる事での参照画像の様な状態にするという…
20140902c.jpg
むしろ描画というより、若干彫刻に近いやり方で塗ってるんだって事実に思い当たりました。
ちなみに同様の工程で2段階目の影もつけ、全てを重ねて表示すると、こんな感じになります◎
20140902d.jpg


…相変らず変な人なんですね、僕。。。(他人事的発言 笑)
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2014-09-02 : INSIDE VIEW : コメント : 4 :
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テク脳(4bit)

いつものシャンとの散歩中、ふと電信柱を眺めながら──

テクノという音楽ジャンルの代表的な特徴の一つに4つ打ちというリズムがある。
よくダンスミュージック等で聴く、バスドラムのドン・ドン・ドン・ドンって四分音符の繰り返しがそれなのだけど、これは謂わばリズムの合理化という減算方で辿り着いた、最も少ない音数で形成された人の高揚する音であり、幾億通りの音の組み合わせからなる音楽が生んだ一つの究極系でもある。

これを音の領域から文化・文明などの日常の領域へ置き換えて考える時、やはりテクノ(ロジー)とは減算方… 例えばチャンネルを変える為に立ち上がる、という手間を省く為にリモコンを。 って具合に、暮らし易さの為に手間を減算する様な技術こそがテクノだと言えるのかもしれない。

そういった視点から僕が準備作で描こうと思っている世界を俯瞰視した時、洗練された都市機能を有する国を描くなら、電線地中化等による災害時の破損リスクを軽減した、ネットワークの安定供給が実現した世界を描く事で表現が可能だし、逆に文明から置き去りにされ退廃した国を描くなら、其処彼処にケーブルが溢れ、混線した様な雑然とした世界を描けば良いという事だ…


──という下らない事を考えてた。
僕が洗練されるには、まずこの無駄な思考を省くとこから始めないと… (;¬_¬)
20140619.jpg
2014-06-19 : INSIDE VIEW : コメント : 0 :
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Stp × Stp

衣装設定を探してて、堆く積み上げた紙束の中からラフネームを発見。
すわ先日失くした冒頭12ページとストーリーボードか!?と思いきや、以前描いた別の漫画の冒頭16ページ分でした… ;y=ー( ゚д゚)・∵. ターン!

せっかくなのでこれを機会に、大雑把に僕の漫画の製作過程でも紹介してみようかと思います☆

1. まずコピー用紙にあらすじを大まかに起承転結の4つに別け、それぞれを更にイベント毎に分類し箇条書きにした、段々枝葉が分かれるツリー状のシナリオを作り、それぞれのイベントに演出上何ページ必要か数字をふり、全ての合計数が規定ページに収まるまでイベント数を足し引きしたり、統合したりを調整します。
(同時に別紙にて台詞だけを全て書き出したものを用意します)

2. 次に一枚の紙にページ2枚を合わせ、見開き状態にした全ページ分のラフネーム(構成表)をつくり、実際雑誌に掲載される際どういう印象になるか、見開き単位でざっくり構成しつつ、ここでも足し引きと移動の試行錯誤を繰り返します。
20140606a.jpg

3. 一応担当編集さんに見せる為、コピー用紙1枚につき4ページ分の清書したネームを作りますが、僕の場合、絵はラフネームとほぼ変わらない丸に簡単な表情とか、名前が書いてある程度です(何故ならネームと下描きで2回同じ絵を描くのが嫌だから… 何故ならネームと下描きで2回同じ絵を描くのが嫌だから… 大切な事なので2回言いました 苦笑)
20140606b.jpg

4. 担当さんからOKが出た時点で下描きに入りますが、僕はわりと飽きっぽいのでちょっと下描きをしたらすぐペン入れもしちゃって、この段階の作業はほぼ同時に進行します。
…ぶっちゃけ凄く能率悪いです(しかも僕は超アナログ人間なので、フルデジタル作画タブレット直描きとかは夢のまた夢みたいに縁遠い話です。きっと来世でも未だ無理でしょう。。。)
20140606c.jpg

ここまでは完全にアナログ作業です。線画が全て終わった時点でようやくスキャナに取り込み、仕上げからいよいよデジタルでの作業へと移行します。


5. 完全独学のデジタル技術ゆえ、特に際立った個性的作業も無く、デジタルかアナログの違いってだけで、ただもうひたすら塗って×2 …で、完成☆ :.。.:*・゜ヽ(≧▽≦)ノ゜・*:.。.:
20140606d.jpg


ちなみに例として上げた絵はもう随分と前のものなので、今の僕なら半分以下の作業時間で3倍以上は質の高い絵が描ける様になってるとは思いますが…
どマイナー作家の身なので今後もカラーで漫画を発表する機会なんてまずないと思います(笑)
2014-06-06 : INSIDE VIEW : コメント : 0 :
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Portrait Of A Mirage

チューニングするかの様に絵柄や塗り方を変化させつつ、『自分らしい表現の在り方』とは何かを日々模索する毎日です。。。

最近ようやく少しは掴めて来た様な気もするのですが、相変わらず追えば逃げ、逃げれば追う様に、影みたく付かず離れず、霞の様に朧気で曖昧模糊。
掴めた!と思った瞬間、するりと指の隙間から零れて行ったりするもので…

よく絵描きにとって自画像が一番難しいといいますが、自分らしさって案外自分自身が一番見えていないものなのかもしれませんね…(苦笑)
2014-05-06 : INSIDE VIEW : コメント : 0 :
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花の行方

以前は送り手と受け手との間でイメージの齟齬が生じない様に、ある種の解り易さが暗黙の了解的に求められる事が多かった気がします。

でも情報過多な時代の到来と共に、他者の様々な意見が容易に検索出来るような昨今では、送り手が提供すべき表現に関するサービスの在り方も変化して然りな訳で、誰しもが簡単に作者の意図する事を把握しきれない程度に情報を管理統制する事も、(巧く出来るならば)もしかたしらユーザーにとってある意味一つのサービスの在り方たりえるのかもしれないな~、などと思ってもみたり…

真意へと至る道標として蒔かれたパン屑。。。
それを辿り、隠れて咲く花の在り処を見つけるのもまた、作品の楽しみ方な気がします♪
20140501.jpg
2014-05-01 : INSIDE VIEW : コメント : 0 :
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蜘蛛の意図

この世界を構成するものの深奥に神の意図なんてものが介在してるかは分からないけど、web(蜘蛛の巣)同様にこの世界は多くの人々の網の目状の繋がりによって成り立っている。

その繋がり上をバイブレーションやフィーリングといった、曖昧な、でも明確な意思を伴った振動が駆け抜け、人と人の共感応を揺さぶり続けている。

繋がっているのか。 想いは確り届いているのか。
張り巡らされた蜘蛛の巣の上を今日も沢山の振動が疾駆している。

傲慢や妄執によってその蜘蛛の糸を自ら断ち切る事の無い様に…
神は。 蜘蛛は。 僕は?
今日もその意図を静かに揺らす。
2013-10-31 : INSIDE VIEW : コメント : 0 :
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ありあまる富

僕には友達がいない── それが昔の口癖だった。
「俺は違うですか?」と怒られた事もあるし、「僕はそう思ってるよ」と言ってくれた人もいる。

ただ、人見知りで引っ込み思案という難儀な性格に口下手の三重苦が追加されると、自分に対する自信の無さが時として誰かを友達だと認識してしまう事が、相手にとって凄く失礼な事になるのでは!? とかついつい考えてしまったりするのは、仕様上如何ともし難く。。。
ま・こういう事ばっか言ってるからB型らしくないといつも言われるんですが…(苦笑)

あれから少なからず時が流れ、多くの人と出会い、関わる中で色んな経験を重ね、ほんの僅かだけど心から全てを委ねる事が出来る人も、今では少しだけ見つける事が出来た。
残念な事に、それは砂漠の砂の中から砂金を見つけるより稀有な事だけれど。
でもそんな人々と出逢えた事は、どんなものにも代え難い僕の一生の財産だと思う。

人を惹き寄せるのも、引き離すのも結局は言葉
でも本当の関係には、恐らく言葉なんて要らない…


「僕には友達がいない」とは口にしなくなったけど、でも誰かを友達だと言う事もなくなった。
相変わらず決して数は多くないけど、大切なものはちゃんと胸の奥に… 沢山持ってる◎
2013-10-09 : INSIDE VIEW : コメント : 0 :
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HEART

Webのストリーミング機能を活用し、購入者には許諾フリーのネタをシェアするというコンセプトの基に本が作られた、という記事を今さっきネット上で目にした。 煽り文句は──

新人賞を狙う作家のタマゴ
作家へのネタ提供を望む編集者
コンテンツ投資を考えている投資者
のお手伝いをする本
(原文ママ)

との事なんだけど、大きなお世話なのは重々承知の上で少し思った事がある。
僕は17歳の終わりに角川で漫画家(今とは別名義です 笑)としてデビューしたんだけど、以来出会った人達で今も現役であり続けている方々は正直決して多くはない方だと思う。
その理由を考えた時に一つ思うのは、結果的に成功したかどうかに関係なく、デビュー以前に最終到達地点として設定された場所が「こんな作品を描く作家になりたい」とイメージしていた人と、只漠然と「作家になりたい。デビューしたい」と思ってた人の違いの様な気がしないでもない。

多分これは作家に限らず他の多くの仕事にも言える事だと思うんだけれど、「この職業になる!」と思うのは自分にとって果たしたいビジョン在りきで導き出された答えであると思うんだけれど、もし仮にそれが無いのならじゃあ何の為に到達目標がその職である必要が? って正直思ってしまう。
例えば映画でいう『演出』として作劇する事にしか興味が無くて、後は絵さえ描いてお金が貰えるなら…っていう、原作付き志望の方もいるとは思うけど、でも何か理路整然と纏め上げられたものではなくとも、何か内から生まれて来るものがない人には、結果作家という職業はやはり向かないと思う。


デビュー前で商業誌掲載を前提とした雑誌カラーなどの縛りにも囚われる事無く、只ひたすら自由にものを創造出来る悦びだけに思い切り浸れる幸福な時期…
それこそ作家のタマゴなら描きたいものが山程あって当たり前だと思うし、僕なんて今でも残りの生涯どころか後2回転生したとしても描ききれないだけのネタがあるから、どう考えても遅筆な身の自分には昇華出来ない…って事の方が悩みなのにな。。。 (; ̄ロ ̄)y-~ スパー

同様に作家へのネタ提供を望む編集者ってのも訳分かんないな~。
じゃあその編集さんは作家さんと二人三脚で何するつもりなんだろ。原稿の受け取り???

投資家の件に関しては縁が無いから全く分かりませんけどね(あ・もし良ければ僕に投資してみませんか? 投資するに足る企画書作って持って行きますんで♪ 笑)


情報化社会だ、グローバル化だ、っていう前提を基に様々なニーズが生まれるのは分かりますが、手塚先生の生誕85周年の今年──
ある意味漫画が発展期に入り僅か85年程度の今、創り手側がもうオリジナル要素が出尽くしたとか安易に言ったり、受け手側にそう言われちゃう現状は正直凄く悲しく、憂慮すべき事態だと思います。
作家としては末席中の末席で体育座りしてる僕なんかが言えた義理ではないのかもしれませんが…

作家たる者、これから作家たらんとする者。
描くべきネタは無くても、気概だけは失くさない様で在ってほしいものです。
2013-07-26 : INSIDE VIEW : コメント : 2 :
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STYLE

以前からよく『自分の職種がよく分からない』と公言して憚らない僕ですが、最近は漫画や挿絵やイラスト等のお仕事はお休みしてる状態なので、そういう意味では現時点での僕を指すなら広義ではデザイナーに該当するのかもしれませんね…(苦笑)
ただ、ゲームやアニメ等のキャラクターや世界観構築を形作る上でのコンセプトデザイン等も含め、『デザイン』と一言で言ってみても今一つその何たるかは曖昧で輪郭がぼやけてる気がします。

一般的にデザインは意匠や設計等を指す言葉ですが、では今度はその『意匠』とは何か?というと特許的見地からすると第一義は「工夫を凝らす事」とあります。
つまり「このキャラがこんな服を着て戦ってたら格好良いだろうな~♪」と短絡的に考え描いてみただけのものは、工夫を凝らしていない為、ある意味デザインでは無いという事になる訳です(苦笑)

ではどういった事をすれば工夫を凝らした事になるのか…

以前仕事である吸血鬼を描く事になった際に、腹部が露出した衣裳を提案した事で周囲から「吸血鬼なのに…」と色んな方によく言われた記憶があります(笑)
僕がデザインする際いつも一番最初にするのは、まず一般的な認識、共通言語的な記号として最も印象深く皆に浸透しているものを見つけ、そのイメージの元を逆に取り払って考えてみる事です。
吸血鬼の場合なら、長いマントや黒尽くめなど全身を覆うイメージがソレに当たる部分でした。

確かに共通認識を組み込む事は初見の方にも伝わるより分かり易いイメージ作りとしてデザインの基本中の基本ではあるんですが、逆にありきたりの印象を与えかねない為、『その他多くの類似品』的に判断される諸刃の剣的危険性も多分に孕んでいます。

勿論ただ奇を衒っただけでは愚策以外の何物でもない訳で、上記作品の場合は吸血鬼がデイウォーカー(陽光を弱点としない吸血鬼)だった為、肌を露出させる事で暗に陽光を恐れない性質を表す事にも繋がると判断した上で、第一印象で意外性の提示と設定の暗示の一挙両得を意図してたんですけれど… 漫画上のキャラは頻繁に着替える訳でも無いですから、暑い所でも寒い所でも腹部が出る衣裳を変わらず着てるという事自体が体温の無い存在だという暗示にもなりますしね◎

そう考えると『デザイン』とはただ見目の良いものを設計するという事ではなく、例えば衣服に関して言うなら、ある意味着る人の生き様自体が透けて見える様に視覚化する事と言えるかもしれません。
文化、ファッション、環境等も含め、それぞれが生まれてから今へと至る経緯の中から成立したその『在り方(スタイル)』までをも創造する事──

もしかしたらそこまで踏み込んだものしか真のデザインとは呼べないのかもしれませんね…
2013-07-14 : INSIDE VIEW : コメント : 4 :
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BLADE DANCER

目下鋭意構築中の作品がを主眼の一つとして扱った作品である事もあり、必然避けては通れぬ命題の一つ、『剣禅一如』の精神とは… という問いと向き合い自問自答を繰り返す日々を送ってます。

恐らく日本人ならほとんどの人が知っての通り、かつて日本では刀を腰に差していた時代があった。
この刀とは当然武器であり、人が人の命を、人生を、断ち切り、奪える凶器でもあった。
狂気を孕み手にする者にとれば当に凶器そのものであり、一度抜き放てばいとも容易く他者の「生きたい」というささやかな願いすら断ち切ってしまうもの…
故に本来は、刀を抜くという行為自体が厳しく監督されていた。

日本ではテレビ時代劇の影響ですっかり侍がすぐ町民に対し刀を抜く印象が定着した感があるが、実際は将軍治世下の抜刀騒ぎは=治安の乱れ=将軍の威光失墜を示す事になりかねない為、理由無く抜く様な事でもあれば切腹や断絶といった厳罰に処される事も少なくなかった(この為、形骸・弱体化の一途を辿る侍に対し、度胸試しで無礼を働く町民や、挑発し憂さ晴らしをする浪人者もいた)。

それでも『刀は武士の魂』で在り続ける──

それはきっと冒頭に記した様に、ある意味刀が絶対的権力といったものを象徴する一方で、己の心という鞘に収める事さえ出来れば持ち手の資質や得、謂わばその者の魂の在り方を見出す事すら出来る事に起因しているのかもしれない。

思えば今巷に広く流布する作品の多くに刀を持ったキャラクター物が散見される様になったけど、一方でそれら作品の多くの刀が持ち手の魂の在り様の象徴としてではなく、ただ単に必殺技を放つ為の只のガジェットとしての形式上の存在でしかない作品ばかりな気がするんだよね。。。
ま・それでも作品自体が面白ければ何ら問題無い訳なんだけど、でも実際そういった事をちゃんと考えないで描かれてる作品って、往々にして作品自体面白くないって事がほとんどなんだよな~(苦笑)

僕もその辺の事をしっかり胸に刻み込んで、魂の宿った作品創りに励みたいと思います!
2013-07-04 : INSIDE VIEW : コメント : 0 :
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